MMM応援記事 #3 – 山本 大樹さん
重く苦しい現実に飲み込まれないために
2016年のMMMに、私は作家として参加しました。ただ、現在は作家ではありません。だから「過去のMMM参加作家」であることには間違いないのですが、この芸術祭を作家の立場から語ることはできません。
私は今、フリーランスの雑誌編集者・ライターとして仕事をしています。大学院を卒業してから1年ほど、会社の仕事と並行して写真の作品を制作していたのですが、今は一切カメラに触っていません。大きな挫折があったわけではないのですが、当時からぼんやりと「アーティストとして作品制作を続けることはできないだろう」という意識は常にありました。そして、MMMは私が作品制作をやめたひとつのきっかけになったことは間違いありません。
2016年のMMMには、後藤宙さん、サユリニシヤマさん、臼田那智さん(現MMM実行委員)など今も活躍しているアーティストの方々が参加していました。私は3か月間にわたって毎週末、那珂湊に通って撮影を行いました。海辺のコンビニや公園やスーパーマーケットで高校生たちに声をかけて、「地元」や「将来」についてインタビューをする。そして、フィルムカメラでポートレイトを撮らせてもらう。作品の性質上、とにかく現地に長期間滞在して取材をすることが必要でした。そして撮影を終えると「みなとハウス」でほかの参加作家たちや実行委員たちと食事をともにし、ときには朝まで酒を飲みながら議論(と無駄話)に花を咲かせました。
そんな日々を送るなかで、私はほかの参加作家たちの芸術への情熱や技量の高さを肌で感じました。私にも、作品制作にかける熱量は確かにありました。ただ、己の作品によって社会に問いを投げかけることができる、あるべき理想の社会にアプローチできるという、彼ら/彼女らが持っていたある種の芸術への信頼が私には欠けていたのかもしれません。私の問題意識や理想のイメージは常に社会の側にありましたが、それを実現するのに十分な作品が自分には作れないと感じていました。
私は作家でありつづけることができなかった。これ自体は単なる挫折者の言い訳なので大して重要な話ではありません。前置きが長くなってしまいましたが、今回伝えたいことはここからです。
MMMの参加作家の多くは、今回の展示が終わったあとも作品を作り続けるでしょう。こんなことを言うのもおこがましいですが、私はMMMで作品制作に取り組むすべてのアーティストを尊敬しています。地道なリサーチと培ってきた技術を作品に落とし込んで、あるべき理想の社会にアプローチするすべてのアーティストたちを。それは私が芸術の世界で実現できなかったことであり、いま私が別の形でやろうとしていることでもあるからです。
そして一方で、MMM実行委員のうち、生涯にわたって芸術の世界に関わっていく人はもしかすると多くはないのかもしれません。私と同じように、芸術から離れた場所で仕事をする人もいると思います。
アーティストと間近で接するのは、楽しいだけではないでしょう。まっすぐに理想を追求する人を近くで見るのが辛くなる瞬間も、きっとある。「自分にはできない」と劣等感を感じたり、なにかを生み出すことができない自分に後ろめたさを感じたりすることもあると思います。6年前の私がそうであったように。
ただ、MMMに実行委員として参加する意義は、アーティストたちと理想を共有することなのではないかと思います。彼らはなんのために作品をつくっているのか。どんな問題意識を持って芸術と向き合っているのか。そして、アーティストたちが想像する、あるべき社会の理想の形とはどんなものなのか。作品をつくる立場ではなくても、その理想にアプローチする方法はいくらでもああります。アーティストのように美しい作品や人の目をひくような作品がつくれなくても、いつかは芸術の世界から離れたとしても、地道なやり方でそれに近づくことはできると私は思っています。
学生のころに想像していたよりもずっと、社会は悪い場所でした。
資本主義の力学がどんな場所でも幅を利かせているし、不条理なことや非倫理的なことが身近で当たり前のように起こる。信じられないようなパワハラやセクハラだって実際に起きている。こんなクソみたいな社会だからこそ、個人個人のレベルであるべき社会の理想を持たなければ、現実の重さに飲み込まれてしまう。不条理や矛盾に立ち向かうための牙を折られないために、たとえ絵空事だとしても、理想を持つことが大事だと私は感じています。
MMMは、アーティストと実行委員、そして地域の方々がその理想を共有する場所だと思います。すべての人がアーティストである必要はないし、ずっと芸術の世界に関わり続ける必要もない。ただ、たとえ芸術の世界から離れても理想を語ることをやめないでほしいと願っています。少しの時間でも、芸術に関わった矜持を、どうか忘れないでほしい。どんな場所からでも、社会に問いを投げかけることはできると信じています。
私は作家でいつづけることはできませんでしたが、2016年のMMMで取り組んだインタビューという手法にはわずかな手応えを感じました。誰かの声に耳を傾け、漏れてくる言葉を伝える仕事ができたという、本当にわずかばかりの手応えと充足感。そして、私が今後もそれを続けていくために必要なのは、写真ではなくテキストのほうだろうと思いました。だから今は出版業界の端っこで仕事をしています。雑誌や本というメディアを通じて、社会に小さな一石を投じたいと祈りながら。
山本 大樹